■英雄二人
・雲間からの突入は前期のOPとエクソダス1話の冒頭を彷彿とさせるものでした。
1話の冒頭と重ねている点は演出上の意味が大きそうですね。1話の防衛戦ではフェストゥムと交戦規定アルファのせいで悲惨な結末を迎えました。今回の戦いも似たような過程と結末を迎えようとしていました。その戦況を一変させたのが二人の活躍です。ジョナサンたちを始め、人類軍に与えた印象は果てしなく大きいものだったと思われます。

・どんどん蹴散らされる敵といっしょに視聴者のメンタルもごっそり減っていきました。
一騎は1人でも金目になっちゃう救済を地域全域レベルで行うし、総士はフェストゥムでもできないワームスフィア大量発生に強制同化と、いついなくなってもおかしくないような戦い方でした。

・あれじゃ真矢だって心が折れますよね。まさに「英雄二人」であって、真矢たちが立ち入る余地が一切ありません。あれだけの数のフェストゥムを倒すことも、救済の肩代わりをすることも、何もできることがありません。今回二人が支払った代償と、これから誰がその役目を担うのかとを考えると泣きたくなります。

■一騎
・祝福とは何のことなのでしょうか?
フェストゥムの力を使っても人間を命がけで守ること。つまり自己犠牲なのでしょうか。短命であった乙姫の祝福は生と死を教えることで、痛みによって支えられ、同時に苦しんできた総士の祝福は痛みでした。そう考えると確かに自己犠牲的に戦ってきた一騎の祝福はそれで合っているのかもしれません。

・私としては今の一騎の考え方に反対します。
祝福とは己の内側から湧き上がってくるものを伝えることであって、一騎の自己犠牲精神は一騎が望んだものではないと思うからです。
七夕の一騎の本来の願いは「生きたい」でした。それが自分の命を使ってでも「生きる」ことに変わりました。今の状況では周りと積極的に関わることは戦うことを意味します。確かに必要性はありますし、一騎以外にはできないことだと思います。
しかしそれで本当に良いのか、生き急ぐように結論を出すことを急ぎすぎていないかと心配になります。今のまま最期を迎えても悔いを残さずにいられるのか、疑問に感じています。

■総士
・ずいぶん加虐的というか、楽しんでるように見えました。あれは総士の変性意識なんでしょうか?
ディアブロ型やスカラベ型の間に戦艦の残骸の活用も挟まっているので、単にその場の敵を駆逐するのに最適な行動を取っているだけとも考えられるのですが、曰く付きの機体だけに気がかりに思えました。。

・心配といえばジョナサンも気になる描写がありました。
文字通り「救世主」のような活躍を見せるザインを見て、「父が作ろうとしたザルヴァートルモデル」と呼んでいました。しかし実際にミツヒロが作ったのはニヒトのほうです。この認識と描写のズレが引っかかりました。
ミツヒロはイドゥンの乗ったニヒトに殺されているので機体に取り込まれている可能性も充分あります。ニヒトに乗った総士の言動といい、少し気がかりなように感じました。
実験的存在で短命という点では、ジョナサンは狩谷由紀恵とも共通点があるんですよね。ジョナサンがニヒトに近づくことがあれば、何か起こるかもしれません。

■ディアブロ型
・対ファフナー用のフェストゥムで、殺したパイロットを小型のフェストゥムにして別の機体に取り憑かせる能力があるようです。非常に効率的に人間を苦しめるところがディアブロ(悪魔)と呼ばれる理由でしょうか。

・あの融合能力が竜宮ファフナーにも有効なのか心配です。
もしも有効だったら物理的な損害も、パイロットの精神面での損害も甚大なものになりそうです。機体の進化で得た保護機能が守ってくれるといいのですが。

■裏切り者
・「エスペラントの中には人の心が読める者もいるというのに」ということは裏切り者には人の心がないってことですね。催眠術などで操られていて本人には自覚症状がないから読めないのか、それとも、そもそも人でないのか。エメリーが「心に壁を作るの」と美羽に以前教えていたので、擬態したフェストゥムは元より、エスペラントの中に裏切り者がいてもおかしくありません。

・画面の流れとしてはナレイン将軍の独白の後に、人類軍の司令とダスティンのシーンに移っているので人間の仕業と捉えるべきなのかもしれません。
新国連もエスペラントの存在は認識しているようですから、ファフナーがフェストゥム用に読心防止装置を備えているように、対エスペラント用の読心防止装置を開発していてもおかしくないでしょう。

■1話の残り組
・1話冒頭で生き残った小隊メンバーのうち、まだ登場していなかったビリーのお兄さんと黒髪の女性(キース)は新国連側に就いたんですね。しかもずいぶんきな臭い部隊にいるようで、どうやら今回のシュリーナガルでの騒ぎが終わっても人と人との争いは避けられないみたいです。