■キラメイジャーらしさに溢れていた
・「充瑠が正しい! 充瑠に逆らうやつは間違ってる。世界の全ては充瑠のためにある!」
1、2話以上にそんな感じに溢れていました。ラストの充瑠のマブシーナに対する「涙はもう要らないから!」は最高に無神経な感じがしました。相変わらず人の心が見受けられません。

・話の雑さは前回から引き続いて酷かったです。
カナエマストーンとモンストーンの扱いもゾンビのうざさもなぜか帰るヨドンナもご都合主義がありありでうんざりしました。これだけでもダメダメだと思います。

・個人的には理屈が全然納得がいかなかったことが致命的でした。
「限界は超えないほうが良い」
という台詞を思いついてどうしてもやりたくなったみたいですが全然できてないように見えました。スタッフがこんな価値観なら充瑠みたいなキャラがまかり通るのも納得です。
最初のオラディン王からして「弓の耐久が限界を超えると弓が壊れてしまうから力ではなく回転を加えることにした」ってこれは”限界のベクトルが違うだけ”だと思います。そもそも「2つの的を貫くには力が足らない。だから今以上の力を加える必要がある」という命題をクリアするためのアプローチが更に力を加えるか回転を加えるかの違いを生んだだけだと思います。一方向に更に伸ばすか、別のものを加えるかの差でしかありません。どちらも「今の矢の威力」という限界を超えていることに違いはないと思います。

・「耐久の限界を超えて目的を為せなくなったら意味がない」というのはそれは考えるまでもなく当たりまえの話だと思います。
「健康のためなら死ねる!(死んだら健康になっても意味がない)」というのと同じ話ですからね。「矢を強く発射するために弓を壊して結局は矢が撃てない方法をやろうと思う」と言ったらやる前からアホかと否定されるのは当然です。
「限界を超える」というフレーズは「自分の固定観念を捨てる」や「今以上の強さを目指す」という意味でしかなく、言葉尻そのものを重要視することは馬鹿げていると思います。そんなことを言い出したら「正義のヒーロー」だって「俺は正義のヒーロー…つまり俺が正義! 俺がやることは何でも許されるってことだ!」とか主人公たちが言い出してもOKになってしまうと思います。

・この時点で納得がいかなかったのですが、提示された正解が「限界を超えない程度に制限時間をつけてカナエマストーンの力を使う」でまたアホかと思いました。
え? 為朝たちは死ぬまで使うつもりしかなかったんですか? 解除するって発想がないと充瑠は決めつけてたんですか?
”仲間”をアピールしていたのにこの馬鹿扱いはいろいろダメだと思います。本当に馬鹿なのかもしれませんがそれだと最初から終わってるので論外です。馬鹿が集まって「もうどうしようもねー」なんて言ってる光景を見ても何一つ説得力がありませんからね。「超優秀なリーダーと馬鹿5人。それがキラメイジャーだ!」なんてそんなチーム見たくありません。

・更に更に最後のオチが拍子抜けにも程がありました。
「最後の1体を倒す前に制限時間が過ぎてしまった!…でも大丈夫! シルバーならスーパー化しなくても普通に勝てるから!!!」って。
アホですね(断言)。それなら最初からシルバーがいたら済んだ話じゃないですか。他のやつが弱いせいじゃないですか。初登場のスーパー化自体の価値までどっちらけになってしまって最悪です。

■笑うことは知らないが仲間は知ってるヨドンナ
・ヨドンナの感覚が全然ピンと来ませんでした。
私にはむしろヨドン軍には”仲間”という発想のほうがなさそうに見えます。部外者のガルザを除いてもクランチュラなんていつも笑ってると思うんですが。
今回ヨドンナ自身もガルザに「皮肉か?(私を嘲笑ってるのか?)」と言ってたんですがそれなのに笑うという概念がないのでしょうか?
実はクランチュラも部外者とか、「上層部に行くほど人間性が無くなる。それがなぜかというとヨドン皇帝自身が闇から生まれた無生物でヨドンナなど上のやつらはみんなそうだから」とかそんな設定でもあるのでしょうか。

■スーパー化
・正式な名前は「ゴーキラメイ○○(レッドなど)」だそうです。長くて語呂が悪いと思いました。

・アクションは今のところ想像以下のクオリティで面白みがありませんでした。
加速だのなんだのしても結局はただ、弓を撃つだけでした。今まで使ってきた剣や銃よりアクションが少なく、バリエーションも感じられません。「普通にやったらこうなっちゃうと思うんだけどどうするつもりなんだろう?」と心配していましたが心配していたとおりのものが提示されてしまいました。


次回はなぜかゲキレンジャーのキャラが客演するみたいです。
ゲキレンジャーは動物系モチーフで拳法スタイルでキラメイジャーと共通しているところが全然ないのですがなぜゲキレンなのでしょう? 強いて言えば「組織の表向きの顔が一般向けの商品を製造する会社」という点ですが次回予告の感じだと瀬名のユニフォーム以上のつながりは感じられませんでした。
個人的な直観としては「そんなにスタッフは瀬名のユニフォーム姿を撮りたいのか(呆れ)」という印象です。また坂本監督のせいか?と思ってしまいました(冤罪)。
東映公式ページの文面からは「思いつき」以上の意味は感じられませんでした。そのまま出すってことは「この世界にはゲキレンジャーがいる。だけど地球の危機に何もしていない」って話を意味するんですが何も考えていないんでしょうね…