■今週の新設定
・平行世界に影響はないと言ったけど、融合が失敗するとAもBも消滅する。
全然大丈夫じゃないと思うんですけど戦兎は正気ですか…? 私の記憶が確かなら別世界に迷惑がかかるんじゃないかと心配する龍我に「影響はないから大丈夫だ」って言ってましたよね? こんな倫理観の天才物理学者だと新世界でも「誤作動すると地球が吹っ飛ぶエネルギー発生装置」とかを作ってこれで世界のエネルギー問題が解決できると喜んでいたりしそうで不安でなりません。

・龍我と戦兎を吸収すれば壊れたエボルトリガーは直る
龍我はまぁエボルト遺伝子が入っているからいいとしても戦兎は何なのでしょう? 生体エネルギーとかハザードレベルとかで人間なら誰でもいいなら幻徳を吸収すれば良かったのではないかと思えてきます。
というかそれで直るなら壊れたエボルドライバーも直してもらうまで10年も待ってないで吸収して直せなかったのだろうかとかいろいろな疑問が湧いてきます。

・葛城巧も葛城父もいなかったことになった
「全部お前のせいだ、桐生戦兎!」とかエボルトが言い出したときは耳を疑いました。だいたい葛城巧と葛城父のせいだと思っていたのですが違ったようです。戦兎がエボルトにいいように利用されてきたのは事実ですが、仮に戦兎がいなくても葛城父などが計画を進めていっただけだと思うのですが違うのでしょうか?

・まさか最終回でまでこんなに新設定や無かったことにされた設定が出てくるとは予想以上でした。「今週の新設定」と銘打ったときには正直「書くことがない回があったら恥ずかしいな」とか思うところもありましたが何の心配も要りませんでした。

■結局、最後までまともに倒せなかった
・最後の最後までまともにエボルトを倒せませんでした。
最後まで「なんか敵が弱体化した」おかげで倒せているだけで情けなかったです。「勝利の法則は決まった!」という決め台詞とは真逆の受動的な姿勢に目を疑うばかりです。いくつも形態が別れていますし、主人公に科学の知識があるはずなのですからもっと一喜一憂できる展開はいくらでも用意できたと思います。

■結末
・何のドラマも感じませんでした。龍我がいればいいやってそれでいいの? 愛と平和を噛み締めたりしなくていいのですか?

プロデューサーのありがたいお言葉によると、
『ビルド』が一貫して描いてきたのは、見返りを期待しない正義。 
だそうですけど、私には戦兎が見返りを期待していたように見えてならなかったです。「愛と平和のために戦う!」とか啖呵を切っていたわりには龍我が死んじゃうのやだーとかみんな俺のこと覚えてないんだけどーとかウジウジしまくっていたと思います。本当にそんな崇高な思想を持っていたなら「誰も俺のことを覚えていないけどそれでいい。平和ってのはそういうことだ」と街中で独りニヒルに笑っているくらいの姿勢であってほしいものです。見返りを用意するにしても「戦兎のことは誰も覚えていないけど、不思議と『仮面ライダー』という言葉の意味もわからないヒーローのことだけは人々の脳裏に焼き付いている」とかできたと思うんですよね。
思い通りになったはずなのに散々ウジウジした挙げ句に龍我がいるからいいやで終わるのは個人的には全く腑に落ちませんでした。今回のエボルト戦で言っていた「”みんな”が俺をヒーローにしてくれた」とは何だったのでしょう? ”みんな”が笑顔で暮らしているのだから喜びましょうよ。

・新世界の他のキャラも全然意義がわかりませんでした。
幻徳はただの政治家になっているし、一海はドルオタがストーカー(予定)になっただけでした。 本当に何の影響もないってこれのどこにドラマがあるのでしょう? 幻徳なんて本当に何も影響がなかったら世間知らずの無能ボンボンで終わってしまうと思います。

・内海も全く理解できませんでした。
難波チルドレンがスカイウォールの惨劇以前に存在しなかったなら内海が難波重工で働く必要もないと思います。まさか難波会長はパンドラの光を浴びる前から難波チルドレンを洗脳教育している異常者だったとでも言うのでしょうか?
序盤に戦兎に対して「自分も科学者として自由に生きたかったなぁ」みたいなことを語っていたのは何だったのでしょう? 新世界の内海はおよそ楽しんでいるようには見えませんでした。「独力で大発見を成し遂げた天才科学者! 内海コメント『育ての親には感謝しています』」なんてニュースで取り上げられる形のほうが合っていたのではないかと思います。

・平行世界オチになりそうだなと思った時点で、「新世界での龍我は格闘家ではないか」と思っていたのですがそんなことはありませんでした。
「龍我が格闘家として強かったのはエボルト遺伝子によりハザードレベルが潜在的にある=肉体的に強化されているから」とか、「格闘家になったのはエボルト遺伝子の持つ凶暴性の発露によるものである」とか、いろいろ考えていたのですがまっ~たくそんなことはなかったようです。ただの筋肉馬鹿です。

■終わってなくない?
・個人的にドラマ面で一番気になったのはこれまでの話の大部分を放り投げたように見える点です。
これまでの話を真に受けていいならば、エボルトがいなくても科学を悪用する人間はいるし、パンドラの光を浴びなくても野心に駆られて戦争を起こしたり他人を虐げたりする悪党はいるはずです。戦兎はもう完全に終わって平和になったみたいな雰囲気でしたが、これからも悪党は出続けると思います。「愛と平和のために戦うヒーロー」を自称するならこれからも戦い続けるほうが普通だと思います。ドライバーがなくなったから物理的に戦うことはできなくても、天才物理学者として啓蒙することは可能でしょう。
いったい何がどうなっているのでしょう? 重要だったはずの展開がまるで無かったかのような流れになっていて理解に苦しみます。 戦兎のやる気以外に何が終わったのでしょう?


■物理学とは?
・東映公式ページのプロデューサー様のお言葉によると、
  物理学という分野をテーマにしてきたビルドは、そのほとんどを天才物理学者である桐生戦兎の発明品に頼ってきた気がします……。一方で『平成ジェネレーションズFINAL』では“パラレルワールド”を、そしてエボルトとの闘いでは“宇宙”“ワームホール”“ブラックホール”を扱ったように、ビルドが翻弄されてきた大きな力は、物理学を象徴するものであったのも事実です。だからこそ真っ向から描いたわけですが、説明すればするほど逆にわかりづらくなってしまうのが物理というテーマの難しいところでした。
しかし、ビルドがなぜ物理学だったのか。なぜ桐生戦兎が天才物理学者であり、仮面ライダーでなければならなかったのか。その答えは、すべて次回の最終話に詰まっています。 
だそうです。私には最終回を見てもわかりませんでした。ファンタジーや架空のSF技術でも同じ話ができた気がしますけど、どの辺が物理学ならではだったのでしょう?
「創る、形成するの”ビルド”だ」だそうですが、いったい何を創り、何を形成できたのでしょうね… 私にはさっぱりわかりません。個人的にはむしろ真逆で形と呼べるほどには何も残せなかったように思えてなりません。


作品全体の総評は後日まとめる予定です。
といっても形がないので概念的な話に終始することになりそうですが。