『宇宙戦隊キュウレンジャー』を最終回まで見終わったので全体の感想を書きたいと思います。


【ストーリー】

■「1人1人がスーパースター、9人揃ってオールスター」→1人だけがスーパースター
・ 「1人1人がスーパースター、9人揃ってオールスター」がキュウレンジャーの標語の一つです。しかし実際にはレッド中心のストーリーでした。

・それ自体は他の戦隊でもよくあることなので特筆することではありません。
問題はキュウレンジャーの場合、追加戦士などもレッドのおまけ扱いで他作品以上にレッド中心主義が強かったことです。標語に掲げられたコンセプトとまるで噛み合っていませんでした。
・キュウレンジャーは売り文句どおりに人数が多いことが特徴の一つです。
5話までにメンバーは9人になり、1クール終わる頃には11人に増え、2クール目終わり頃には追加戦士の登場で12人に増えました。12人というのはサポートメンバーや普段は単独行動する第三勢力や敵などを含んだ数ではなく、常時戦闘メンバーが12人います。普段の回だと戦艦で待機しているメンバーもいますが、主要な回では12人全員が一応出撃します。

・戦隊に慣れている方なら「5人でも空気のキャラが出て来るのにそんなに増やして大丈夫なの?」と疑問に思う方が少なくないでしょう。その通りです。ダメでした。
元々一人あたりの出番が少ない上に、レッド、シルバー、単独主役の外伝作品が作られたオレンジ、子役が変身する水色、追加戦士であるホウオウソルジャー(二人目のレッド)が優遇され、他の7人の影は薄かったです。

・個人回の回数を数えると最も伝わりやすいと思います。
メインストーリーに絡む赤と追加戦士を除くと優遇されているオレンジ、シルバー、紫、水色が実質メインストーリーの回を含めて5,6回。空気な脇役たちは2,3回に過ぎません。
これではキャラの掘り下げができるはずもありません。脇役は最後までろくに掘り下げが行われず、ロボレスチャンピオンだった黒は最終回の後日談ではロボレスチャンピオンに戻ったと語り、シェフだった黄はレストランを開いて終わりなんて初期設定だけで描ける扱いで終わってしまい、見ていて可哀想でした。

・薄いだけならまだマシでした。
酷いときには「メンバーの個人回だと思っていたら、唐突にレッドが出張ってきて主役を食われた」回すらありました。メンバーが悩んだりしていてどう乗り越えるのだろうと思っていたら、レッドが突然出てきて精神論を語りだしてメンバーがそれに頷いてそのとおりにして問題が解決したときには唖然としました。

■メインストーリーも薄い
・メンバーのキャラが薄いので個別の楽しみは得にくいです。ではメインストーリーが面白いかというとそちらも今ひとつでした。
2クール目はオレンジがメイン。3クール目前半は追加戦士、後半は赤と金銀がメインでその合間に個人回やギャグ回を数話ずつ散りばめていて、散発的な構成になっています。各メンバー間のつながりも弱いため全体で一つの形になるようなこともなく、個々の展開も全体の展開も薄くなっています。

・終盤のストーリーに至ってはレッドである”ラッキー”の話ばかりでした。
「ラッキーは実は王族だった。実は王様である父親が洗脳されていた、と思ったらそれは偽物だった、と思ったら数話後に実は本物の父親は生きていて洗脳されていて襲ってきた」なんて冗談みたいな冗長な展開が繰り広げられました。

・ラッキーの話を除くと今度は「人々を救うために宇宙を支配している邪悪な組織と戦う」以上の展開がないので困ります。
こちらはこちらで「首領を倒した!、と思ったら死んでいなかった。また倒した!と思ったらまた復活した。また倒したけど無策なので復活した」なんてこれまたうんざりする展開でシンプルなヒーロー要素すら楽しめません。
ラッキーと首領に興味を持てないと「もうそいつらは見飽きたよ…」とぐったりしてしまいます。

■ラッキーに魅力を感じなかった
・上の記述を見れば、いかにキュウレンジャーがレッドであるラッキー中心のお話であるかご理解いただけたかと思います。
私にとって最大のネックは主人公であるラッキーに魅力を感じないことでした。とにかく出番が多くてどこにでも出張ってくるのですがその言動に説得力を感じることができませんでした。

・その最たるものがラッキーの決め台詞である「おっしゃ、ラッキー!」です。
一般的な解釈をすると「運が良かった!」という意味に聞こえますが、作中での意味は少し異なります。
自分で考えた作戦が上手くいったときや敵に追い詰められてピンチのときにも「おっしゃ、ラッキー!」とラッキーは言います。

・作中での説明とスタッフの発言から解釈すると、
「不安を感じる状況でも自分はできると信じて困難に挑戦することで道は開ける」
という意味があり、
「自分は幸運だから上手くいく(と信じ込む)」
という一般化した言葉にその意味を込めたものがこの決め台詞のようです。この時点でだいぶわかりづらいのですが、実際にはもっとわかりづらいです。

・つまり造語なのかと思っていると今度は「雑誌の景品に当たったぜ。おっしゃ、ラッキー!」 や予期せぬ幸運でうまくいったときに「おっしゃ、ラッキー!」と一般的な使い方でキーフレーズを使い出して戸惑ってしまいます。
結局、最後まで信念の話なのか幸運の話なのか定まらず、両方の意味を含んだまま終わりました。キーフレーズや決め台詞は内容をわかりやすく一言に圧縮して伝えるために使うものだと私は思っているので、キーフレーズが一番わかりにくいことが不思議でなりませんでした。
ラッキーは独自の価値観で動く破天荒な人物で元々わかりづらい上に、決め台詞までわかりづらくてラッキーがどういう人物なのかなかなか理解できませんでした。

・決め台詞もそうですが、ラッキー自体もとっつきにくい人物でした。
もう一つの決め台詞が「お前の運、試してやるぜ!」です。好戦的な響きのとおり、敵と戦い始めるときに主に使います。
しかしながらラッキーは敵だけでなく、一般人や仲間に対してもこういう好戦的な態度をよく取ります。基本的にケンカ腰で、誰かが「無理だ。できるわけない」などと言っていると突然首を突っ込んできて相手の事情も無視して「諦めてるからできないだけだ。まずやってみろ」と苛烈なことを言い出す人物です。

・ここまでなら俺様キャラや天才系の一種で済むのですが、挫折の描き方がダメでした。
幸運キャラにありがちな突然ツキが無くなる展開で挫折からの復帰を描いたのですが、ラッキーの態度の落差が激しすぎました。それまでは他人にも「とにかくやってみろ」と無茶ぶりしてきたのに、自分にツキが無くなった途端に自信を失い「ラッキーじゃない俺には無理だ… 勝てるわけがない」と牙を抜かれたような有様になってしまいました。
スタッフ的にはおそらくラッキーの弱さを描くことで「いつも強気で頼りになるラッキーが!?」というショックと「こういう気持ちを抱えても立ち直れるんだ!」という逆境からの立ち直りを描きたかったのだと思いますが、私には「他人に厳しく、自分に甘い」という悪い印象にしかなりませんでした。

■テーマが長丁場に耐えられなかった
・テーマの表現自体にも疑問が浮かびました。
「おっしゃ、ラッキー!」が挫けない信念だとしたらそれは他の仲間には無いものなのでしょうか? 全宇宙が支配された状況で反旗を翻す時点でかなり信念があると思うのですが。
仮にラッキーが特別だとしたら、それは標語にあるような「九人の究極の救世主」ではなく「救世主ラッキーとその仲間」ではないのでしょうか?
実際、作中の登場人物はラッキーを特別視してばかりだったので、ラッキーが「俺たちはキュウレンジャーだ!」と言う度にツッコミたくなりました。
私は最後までラッキーについて行きたいとも思えませんでしたし、ラッキーを信じるメンバーの心境も理解できませんでした。「諦めずにやってみよう!」という啓発的な内容なのに共感できないのは辛いです。

・いずれにしても一年間も保つ内容ではなかったと思います。
1話:ラッキーが自分の運を信じた結果逆転し、メンバーはそれを目撃する。
最終回:ラッキーが自分の運を信じた結果逆転し、メンバーはそれを目撃するついでにラスボスのおまけを倒す。

一年経過してこれでは多くの視聴者は満足できないと思います。話が全然動いていません。
最初から最後までラッキーを変えずにこのテーマでやりたいのなら、ラッキーを通じてメンバーが変化していき、最後には宇宙中の人々の意識が変わるくらいの変化がないと話が弱いと思います。



【アクション】

■広く浅く
・アクションはいつもどおり良かったです。信頼と実績の戦隊アクションと呼べるクオリティを保っていました。その点では何も心配いりません。

・9人なので各メンバーの出番が少なく、せっかくの武器の種類を披露する回数が少なかったのはもったいなく感じました。
大剣、爪、レイピア、ナイフ、斧、槍、鎌、銃剣、ハンドガン、ライフル、マフラー、片手剣&盾と様々な種類の武器があり、多種多様な戦い方が見られました。戦隊なのでどのメンバーでコンビネーションを繰り出すかという楽しみもあり、バリエーションの数はシリーズでも最高峰と言えたでしょう。

・その反面、当然のことながら武器一つあたりの出番は減り、ストーリー面で記述したレッド偏重主義もあってレッドの武器以外は活躍の機会が更に減りました。
これは裏を返せば「飽きずに楽しめる」とも言えるでしょう。出番が少ない分、もうこれは見飽きたと思う武器はほとんどありませんでした。出番がやたらに多いレッドですら工夫があって充分楽しめました。

■ロボなんて無かった
・ロボの影はとても薄かったです。
戦う相手自体が怪人が巨大化したもの以外に、汎用の量産型ロボや雑魚が巨大化したものがいてそちらで終わってしまうこともしばしばありました。

・そもそもストーリーに絡まないことが多めでした。
メインストーリーが進む回ほど「巨大ロボが敵を抑えている間にメンバーが内部に突入する」といった展開が多くありました。等身大の敵とも戦いに比重が置かれることが多く、巨大戦は省略しても話が成立する展開ばかりで必然的にロボの影が薄くなりました。「頼もしい!」と思える描写がない巨大ロボは無残です。

・キュウレンジャーのロボは組み換えが特徴の一つでしたが、そちらも微妙でした。
活躍するのは序盤だけで合体ロボが増えてきた2クール目以降は合体形態の前座に過ぎませんでした。戦隊ではお馴染みの光景です。今回もそこはダメでした。


【総合感想】

■毛利さんのイメージが崩れた
・これまでのライダーなどでのローテーション参加のイメージでは、派手さはないけど丁寧な話運びが毛利さんの取り柄かと思っていました。
しかし今作は「雑で退屈」という最悪の出来栄えでした。全48話中、42話とほぼ独りで書いたはずがまるで一体感のない行き当たりばったりの展開でがっかりでした。「本当は2クールの予定だったのに開始直後に4クールにされた」なんて嘘を言われても信じてしまいそうなくらい後半の展開がめちゃくちゃでした。
ラスボスのはずなのに30話頃から何度も倒されては強くもならずに復活するドンアルマゲやラッキーの父親の話の繰り返しは常軌を逸しているように見えました。私には全くあの展開の面白さが理解できませんでした。いったいどの辺りに面白さを見出したのか不思議です。

■挑戦しても成功するとは限らない
・ここまで私の感想を書き連ねてきましたがキュウレンジャーがどんな作品かは、東映公式の最終回のページに書かれたプロデューサーのメッセージを読むのが最もわかりやすいと思います。

 『9』人でスタートし、最終的には『12』人まで膨れ上がるという前代未聞の大所帯に加え、『宇宙』というかつてない壮大なフィールド。そんなスケールの大きな世界観に、本当に描き切れるのかという不安を覚えた方もいらっしゃったのではないでしょうか。

それは、私たちも同じでした。
常に宇宙を語るに相応しいスケールを求め、意識しながら、試行錯誤してきました。

そんな中、スタッフ・キャストの根幹に求めたのは
これは『ナシ』だろ、ではなく、これも『アリ』かな、というスタンスでした。

最初から自分で入り口を狭めない。
実現の可能性を探らずに勝手に閉じない。
不安でも、まずは大風呂敷を広げてみる。
取捨選択するならば、その後で決めればいい。

時間も限られる中、それはある意味非効率な提案なのかもしれませんが、
必ずや個人の、そして作品の糧となりレベルアップにつながるはずだと信じて、
そう、まさに『やらない理由を探すのはやめよう』と。

これはキュウレンジャーが良く言っていた言葉であると同時に、主題歌の『LUCKYSTAR』の歌詞にもある言葉です。つまり、作品自体が目指していたことと、作品を見るであろう子供たちに伝えたかったことは、同じだったんです。伝えたいことは、自分たちで体現しなきゃ伝わらない。失敗を恐れずに、後ろを振り返らずに。そう信じて、ラッキーたちと共に冒険してきた一年間だったのではないでしょうか。

そう、大風呂敷を広げてしまったら、後はそれを実現させるためには頑張るしかないんですね。努力するしかないんです(笑) 

・そう志して挑戦したものの、実際には見事に失敗したのがキュウレンジャーという作品だと思います。スタッフが「アリ」だと思ったのは私にとってはナシでした。
キュウレンジャーを見ていて、スタッフの言ったとおりだと思えた人はそのまま見続けていいと思います。逆に違和感を感じた人は止めたほうがいいです。その印象は最後まで変わらないでしょう。