『プリパラ』アニメの2ndシーズンを見終わって:全体感想

2016年3月31日

【良かった点】

■ライブの質と種類
・2ndシーズンもライブは素晴らしかったです。
特に種類の多さは目を見張るものがありました。51話中、アレンジを除いても16曲もありました。新しいキャラも多く、めが姉ぇや四季のグランプリのようにほぼ1回しか使われなかったものも多く、非常に贅沢な使い方でした。これだけの数をこなしながらクオリティを落とさずにやれたことは本当にすごいことだと思います。

・曲の方向性としては、ミュージカル的な歌とキャラソンが多かったように感じました。
四季のグランプリの曲やぱぴぷぺポリスなど振り付けというよりお芝居のように見えるダンスや歌詞が多かったです。

・個人的には従来の普通に歌って踊るライブのほうが好きです。
ミュージカル風のライブだと歌っているアイドル一人ひとりは代替可能なパーツみたいに見えてしまい、それはプリパラらしくないと思うからです。ガァルルのような上手くない子でもライブできるのがプリパラだと思います。

・ライブが素晴らしかった分、後述するストーリー展開に足を引っ張られていたことが余計に残念でした。四季のグランプリを筆頭にストーリー上ではライブがおまけみたいな扱いで、ライブが盛り上がる展開になっていませんでした。あれではライブのスタッフが報われません。可哀想だと思います。


【残念だった点】

■ストーリーとキャラクター
・1stシーズンはストーリーはファルル関連で大きく伸び、それ以外は基本的にキャラクター中心で成り立っていました。しかし2ndシーズンはストーリーは壊滅的でキャラクターもグダグダで酷い有り様でした。メインイベントのはずの四季のグランプリが盛り上がらない。1クールごとの使い捨ての新キャラといるだけになってしまった旧キャラ。積み重ねどころか1クールごとにリセットして空気キャラという負債だけが残るような展開でダメダメでした。

・個人的に一番嫌だったことは、「らぁららしくない。プリパラらしくない」と感じるところでした。
全体通して、状況に動かされ過ぎでした。グランプリに勝つために強い人とチームを組まないといけない。パクトが決めたチームだから仕方ない。セレパラは気に入らないから倒さないといけない。らぁらたちにとって楽しいことが何一つありません。勝ち負けの結果だけが重要なのはプリパラらしくないと思います。プリパラは過程や楽しむことこそが重要だったはずです。
プリパラのアイドルの第一義は「やってて自分が楽しいからアイドルをする」であり、「他人を楽しませるためにアイドルをやる」のは第二義でしかないと思います。1stシーズンのドレッシングパフェとやファルルとの勝負は「勝つためにがんばった。そしたら勝っても負けてももっと楽しいライブができた!」から楽しいのです。2ndシーズンの勝っても負けても得るものがない不毛な争いには何の楽しみもありませんでした。こんなプリパラには行きたくありません…

・一年通してのメインストーリーは紫京院編だったわけですが、締めくくりが納得いかないものだったこともマイナスです。紫京院の考えが変わった理由がピンと来ませんでした。
らぁらたちを認めたのはらぁらたちが示した実力ゆえであり、それはいわば天才チーム入りを認められたのと同じようなもので友達云々とはあまり関係ありません。ふわりとの関係も友達ではないのは最終話から明らかです。結局、らぁらたちが考えを変えさせたのか、紫京院が自ら考えを改めたのか、紫京院にとっての友達の定義は何がどう変わったのかはっきりとわかりませんでした。「天才やボーカルドールは純粋な存在だから(裏切らない。それゆえに)素晴らしい」という紫京院の美学の反対側にある”友達”が曖昧で信用出来ないものからどういう存在へと変わったのか、そこを示してくれないとメインストーリーとしては決着がつかないと思います。紫京院編に時間を割くためにいろいろなことを犠牲にしてきましたが、割に合っていないように感じました。



【印象に残ったこと】

■あじみ先生
・印象に残ったことを語る上で、あじみ先生を避けるわけにはいきません。
本当は考えたくないし避けて通りたいのですが嘘をつくわけにはいかないのです。本当にショッキングなキャラクターでした。いろいろ濃いキャラも出てきたし、どんなキャラが出てきても今更驚くまいと高をくくっていたら心臓が凍りつくようなキャラが登場しました。
あじみ先生が言葉を発した瞬間に「逃げろ!今すぐ見るのを止めろ!!」と脳内で警報が鳴り響きました。微妙に理解できる言葉を理解しがたい速さでしゃべり、明らかに常軌を逸した予測不能な行動を取る人物があれほど恐ろしいものだと私は知りませんでした。

・ソロライブのパニックラビリンスも凄まじかったです。技術的な意味でも精神的な意味でもよく歌えるものだと圧倒されました。
普段はどんなライブでも新しいライブがあった回は2,3度見直す私ですが、パニックラビリンスだけは「つ、次の回で見ればいいや」と逃げてしまい見直すことはありませんでした。

・こんなキャラを放送枠移転の前後にぶち込むプリパラスタッフはやっぱりイカれてると再認識させられました。私は「プリパラオススメだよ」と言っていますが、もし最初に見たのがあじみ先生の回だったら見てもらえないのも仕方ないだろうと思います。私も最初に見たのがあじみ先生だったら見続けている自信がありません。

■紫京院
・ストーリーは良くありませんでしたが、紫京院自体は嫌いではありません。
私は女性役の斎賀さんが好きなので斎賀さんの女声を存分に楽しめて嬉しかったです。プリパラのキャラクターとしても長身の大人びた身体つきで存在感がありました。宝塚要素も思った以上に盛り込まれていてびっくりしました。2ndシーズンのライブの中では紫京院のソロが一番クオリティが高かったと思っています。

■ファルル
・ファルルは可哀想でした。ストーリーで割を食うことが多すぎました。
ファルルに対して何の救いもなかったことに納得がいきません。「一人は寂しい。だから紫京院がボーカルドールになってくれたら嬉しい」というファルルの思いは否定されるべきものだとは私には思えません。誰かを無理やりボーカルドールにしようとしているならそれは身勝手な悪いことですが、相手が望んでなり結果的にファルルの孤独が解消されるならファルルがそう望むことは当然の願いだと思います。それが結局はファルルに我慢を強いることで終わらせ、何の希望も与えてあげないのは酷いと思います。この流れで「みんな友達、みんなアイドル」と言うのはおかしいと思いました。


【総合感想】

■3rdシーズンに向けて
・2ndシーズンでやったことって何だったのだろうかと考えてみましたが、あまり答えが浮かびませんでした。新規キャラは大半が使い捨て&既に完結済みで広がりが感じられる要素やまだ未達成の要素が見当たりません。

・唯一あるとすれば「ガァルル」でしょうか。
特殊な生い立ちと下手だけど意欲に溢れたアイドルという立ち位置はユニークで、他のキャラではできない方向からのアプローチが期待できます。
ただし、ガァルルが初登場したときのエピソードがあっさり終わらされた点を考えると疑問符がつきます。「アイドルを挫折した人たちの思い」というプリパラの生み出した負の側面はそれだけで1クール以上持つ内容があったと思います。それを2,3話で終わらせてしまったスタッフに3rdシーズンで改めて取り上げる気があるのかは疑問です。

・さしあたっては、筐体側では1クールごとの新キャラノルマがなくなり、アニメスタッフ側では四季のグランプリのような販促上のメインイベントの軽視がなくなることを祈ります。



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